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アンドロギュヌス二人 [ブック]




これもずっと探していた本で、最近ヤフオクで手に入れ、ようやく読むことができました
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八犬伝の世界 伝奇ロマンの復権」 高田衛

いやあ、おもしろい!
「八犬伝」を勧善懲悪二元論に支配された説教臭い伝奇物語…と思ったら大間違い
実は、馬琴の百科全書的構想力によって築かれた重層的な構造体で、新書の著者高田衛がその層を一枚一枚剥がしていく作業はとてもスリリングで鮮やかです
たとえば、八犬士のメンバー構成ですが、天台・真言密教の八字文殊曼陀羅図が原基的なイメージになっているとのこと
曼陀羅では、中央に唐獅子に騎乗する文殊菩薩がいて、その八方に八字真言を司る八大童子が配置されていますが、八房犬の背に乗って城から去った伏姫と仁義八行の玉を抱えた八犬士とのアナロジーは明らか
八大童子のうち二人は尼童子(女)で、八犬士もそのうち二人は女装犬士、しかもそれぞれ女性名(信乃と毛野)を持つと指摘されてしまうと…天の邪鬼の私でも否定のしようがありません(笑)

以下、第三章「唐獅子牡丹の系譜」から引用しておきます
両性具有者と「シバルリィ」
女装犬士を「アンドロギュヌス」といったのは松田修氏(「幕末のアンドロギュヌスたち」)だが、先の馬琴の説明は、同時に「その行状丈夫に勝れ」るという、伏姫の一種の両性具有性を、男女の立場を入れかえて、信乃の属性としたことを暗示している。
一人の人間が男でもあれば女でもあるという両性具有は、たとえば歌舞伎女形役者や<やつし形>に代表されて、江戸化政期文化の悪場所的な「美」の重要な一部だが、馬琴はこれを「伏姫うつし」の方法で犬士犬塚信乃の上に彩色したことになる。とすれば、薄命の孤児で、聖なるものの<やつし>であった信乃は、さらに江戸の<やつし>の美学と接近した姿相を持つことになる。
しかしその反面、馬琴の説明が伏姫の「女子にして、男子の気質のある」を強調していることを忘れてはいけない。
信乃の物語は、<やつし>的な美少年を形象したが、より強く一貫するのは利欲や色欲や権力欲の渦巻く地上世界の醜い人間欲望葛藤図の中で、孤児の薄命に耐える信乃の「男子の気質」なのである。透谷のいう「シバルリィ」(severly)、つまり厳正さであって、信乃はけっして軟派的色男ではなく、むしろ「男子の気質」、本書でいう「若獅子」の属性が彼の生き方の凛烈さをきわだたせるのだ。
注:<やつす>には、神または神の子が身を賤しい姿に変えて、この世に流離の生を送るという民俗学的な意味があった。つまり、<やつす>とは、賎装することであると同時に、隠された聖性表示でもあった。

さらに、「八犬伝」には、北斗七星信仰も紛れ込んでいるそうです
なお、江戸時代には、星の形は玉の形、つまり円で表され、☆の型で星を象形する考え方は、当時はなかった
☆の型(五芒星形)は、(安倍)晴明判といって、土御門系の呪法上の記号であったとのことです

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真田十勇士 vs. 里見八犬士
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8番目の不思議 中編
8番目の不思議 後編

今日の1曲
角川映画の主題歌(愛のテーマ?)は1回やったので、今回はこちらです
White Light 「八犬士のテーマ」/ John O'Banion
http://www.youtube.com/watch?v=1VGFhbNw9Ro
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里見八犬伝
「大女優」鈴鹿ひろ美の主演作品です
八犬士は、なかなか個性的キャラが揃いましたが、八つの玉に助けられてるだけ、弱くてあまり役に立ちません

既出ですが…
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新・里見八犬伝 闇の巻
新・里見八犬伝 光の巻
映画の原作ですが、実は、おどろおどろしい官能小説です(笑)
ラスト・ダンジョンは、壮絶なサバイバル合戦です

これも既出ですが…
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新里見八犬伝 光と闇の戦い
角川お得意のメディアミックス戦略で、こんなのまで出しちゃいました
ゲームの中身はバランス悪過ぎ、妖刀村雨丸を八犬士全員に装備しないとラスボス「御霊様」にまったく歯が立たない…ということで、歴史に残るクソゲーとなりました

最後に、「八犬伝の世界」に戻ります(笑)
今回紹介した中公新書版はすでに絶版
で、それをアップグレイドした改訂増補決定版(「八犬伝の世界 完本」)が、2005年にちくま学芸文庫から出ていたようですが…それもすでに絶版とのこと
でも、いつか「完本」も手に入れ、再読にチャレンジしてみるつもりです

 
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