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COMME des GARÇONS [ファッション]




夏季恒例の多忙による廃人化からいくらか回復したので、久しぶりにblogの更新です
いきなりとっても古い雑誌からの引用で、大変恐縮です(笑)

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朝日ジャーナル増刊号 カルチャー・ナウ’83

1980年代前半の「カルチャー」の状況を俯瞰したガイド・ブックです
人と作品徹底ガイドでは、テレビ、ビデオ、ラジオ、映画、アニメ、マンガ、演劇、音楽、美術、広告+グラフィックデザイン、ファッション、建築、写真、歌舞伎、オーディオ、パロディ、文学の17のジャンルの「いま(当時)」を検証しています
その中から今回スポットを当てたいのは、ファッション部門
「アートへの接近=生活からの遊離か?」というタイトルで生井英考氏が当時の状況、特に「デザイナーズ・ブランド」について解説しています

デザイナーズ・ブランドとは、ある1人のデザイナーのポリシーを前面に押し出して個性化を図るブランドのこと。それに対してアパレル・メーカーは、個々のデザイナーは表に出ず、集団として勝負する。だが、この2つは単にそれだけで違うのではなさそうなのだ。
たとえば、ファッションの世界の人に、「アパレル・メーカーって何ですか」と尋ねると、「ま、既製服メーカーなんだよね」という、かすかな軽蔑をにじませた返事が返ってくる。ポリシーや個性というより、とにかく多品種大量生産の商品を売っている会社、というニュアンスが、そこにある。だから続く言葉も「やっぱりデザイナーズ・ブランドのほうが断然上」となる。
実際、特にここ5、6年来のファッション界はデザイナーズ・ブランドによって席巻されてきたと言える。
森英恵、三宅一生、山本寛斎、高田賢三以後の目立つ人名を挙げてみると、松田光弘(ニコル)、菊池武夫(メンズ・ビギ、タケオ・キクチ)、稲葉賀恵(ビギ、モガ、ヨシエ・イナバ)、山本耀司(ワイズ)、川久保玲(コム・デ・ギャルソン)、金子功(ピンクハウス)……。
○個性とブランドで売るデザイナーたち
このへんを、次のように整理することもできる。
「第一は、サン・ローラン、森英恵らのいわゆるパリ・オートクチュールの流れをくむ伝統的な発想が基本の服。鳥居ユキ、池田貴雄らは、このグループに入る。第二は、70年代のプレタポルテ(既製服)全盛時代の一翼を担ったパリのケンゾーに代表される服。しゃれた感覚の服ではあるが、生活的なにおいが身上で、値段も手ごろだ。入江末男、稲葉賀恵のラインが近い。
第三が、新しいファッションの流れとして最近世界的に注目されているニューパワー。山本耀司、川久保玲が元祖。服作りの常識や女の美しさについての既成概念を破る挑戦的な服であることが特色だ」
ファッション関係の人々と、取材ではなくお喋りをしてみると何となくわかってくることだが、たとえば森英恵は日本人で唯一パリのオートクチュール組合に加入を許されたエスタブリッシュメントだけれども、どちらかといえば「敬して遠ざける」ニュアンスで語られることが多い。
それに対して、別の意味で“別格”扱いなのが山本耀司、川久保玲。一昨年から去年あたりに各デザイナーズ・ブランド、アパレル・メーカー入り乱れて黒が大流行していたことは先刻承知のことだろうが、この先駆となったのは、この2人。
また、虫食い状の穴あきセーターなど、「ベガーズ(乞食)ルック」と称された、それまでの美的基準からは大きく逸脱した服を手がけてきたのも、この2人。
さらには、森英恵、イッセイ、ケンゾー以後のデザイナーが大同団結しようと結成されたファッション集団「TD6(東京デザイナーズ・シックス)」から、わずか数カ月後に脱退したのも、この2人。当時、理由はいろいろ取り沙汰されたが、要は「団結なんて興味なし。私たちは自分の表現したいだけ」ということだったようだ。
つまり、ほかのデザイナーたちが、いくらポリシーの個性のと言ってみても、結局は“衣装屋サン”めいたところを引きずっているのに対し、山本耀司、川久保玲の2人は、ほとんどアートの領域に近づいている(あるいは、そう見なされている)ということが、“別格”扱いの底にはある。
もっとも、このファッションのアート化現象は、必ずしもこの2人だけに集中して起こっているわけではない。「ファッションは、かかえている問題を自分の範囲内では処理しきれなくなって、他の領域からイメージをとりこまなければならなくなっている。たとえば、このところ目につくのは、アートのファッションへの流出現象である。アートはファッションに食いちぎられているといってもいいかもしれない」(海野弘)という指摘もある。
さらにもう少し加えるならば、思想・学問状況のなかで急激に起こってきた、いわゆる「〈知〉の組み換え」がその範囲を広め、さまざまな分野の境界が取り払われることで、一種の混乱状況が起こっている、という言い方もできるだろう。
ここで付言しておかねばならないのは、その混乱は必ずしもマイナス方向に働いているのではない、ということだ。むしろ混乱を「新しい事態→何が出てくるかわからない→胸がワクワクする」といった感じで受けとめようとする傾向が強いと言える。
しかし、待てよ。もしもファッションがアートである(アートに接近している)とすれば、よくファッション誌が特集テーマにするような「自分流に着こなす」なんていうことが許されるのだろうか? 殊にデザイナーたちはファッション・ショーを通して、自分のポリシーの理想型を見せているではないか。
それをアートと称するならば、「自分流に着こなす」ことはおろか、その服の持ち味を十分に生かせないような体型の持ち主(?)は、その服を着てはいけないということになってしまうではないか――。
だが、実をいうとファッションという分野が面白いのは、まさにここにほかならない。
つまり、一方でアートという、いわば完結した美の世界に限りなく近づこうとしながら、一方ではこの大衆社会における“生活”そのものから完全に遊離しきることはできない。ここが、ファッションの世界の持つ最大の痛点だといっていい。
だから、ファッションの先端に携わる(と自認する)人々にとっては、その痛点と格闘することが至上課題となってくるし、そこである種の奇妙な迫力も生じてくるということになる。
実際、ファッション界の人々と話していると、「アート」という言葉が頻繁に出てくるのだが、しばらくするうちに、こちらが何も言わなくても、向こうの方からフッと、「でもねえ、ファッションなんて、売れなきゃ何の意味もないのよねえ」という言葉が出てくる。

長々と引用してしまいました(笑)が、きっかけはこちらの記事(6/22付朝日新聞)です

川久保玲、反骨精神の40年
ニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)で、コムデギャルソンのデザイナー、川久保玲の作品展が開かれている。服飾部門の年間のメイン企画で、1983年のイヴ・サンローラン展に次いで、存命のファッションデザイナーの個展としては2人目。今も前衛派として世界的に知られる川久保の約40年にわたる創作の軌跡を示す、興味深い展示になっている。

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「不在/実在」から1997年春夏と2017年春夏(右)の作品

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「美/グロテスク」から1982年秋冬の穴あきのニット

展覧会(タイトルは「Rei Kawakubo/Comme des Garçons Art of the In-Between(間の技)」)の内容についての紹介もあるのですが、そこは割愛
それよりも川久保玲へのインタビューが掲載されているので、そちらを紹介しておきます

川久保玲は展覧会の内装のデザインを自ら担った。その狙いや展覧会にかける思いとは。5月の内覧会を前にニューヨークで聞いた。
      ◇
――なぜご自分で内装を?
「この企画展の話を頂いた時に、回顧展という扱いではなく、またファッションデザイナーの一般的な展覧会のような展示ではない見せ方ができることを条件に受けたからです。キュレーターが提示した“間”というテーマは私のものではないのですが、私はただ服をすぐそばでみてもらいたかった。服と対話ができる位置関係を作りたかったのです。内装だけは自分でやれて、望むイメージを作ることができたと思います」
――服作りの中で“間”という概念はないと?
「ええ、全く意識していません。学芸員やジャーナリストの方たちはよくそんな風にテーマ分けして解釈しますが、私は今までにないものを作ろうとしているだけ。男と女の間とか、東と西の間とかは関係ないですよ。ただ、テーマに基づいた展示と内装を同時進行した結果、展覧会がひとつにまとまったとは思います」
――ご自身にとってこの展覧会の意義とは。
「もし、後に、作ったものをまとめて人に見て頂く機会があった場合に、私が見て頂きたいある程度の形のお手本になればと。コムデギャルソンの考え方と全然違う形でまとめられると困るので」
――METという保守的な場所でそれに相反する前衛派の作品が展示されることについては?
「うちみたいな裏街道を走っているものが、メインを走る伝統的なところと関係性を持つことに意味があるのでは。昔からの考え方を守っている人には、拒否反応があったと思う。キュレーターの方もその説得に苦労なさったと聞いています。40年くらい仕事をしていて、多くの人に素晴らしいと認められたことはない気がしますから」
――そうは思いませんが。
「いつも半分の人たちには歓迎されなかった。日本の中でも、百貨店ではいまだに海外ブランドが並ぶ場所に日本のブランドが入ることは少ない。その意味でもやってきたことが少し理解されかけたかな、とは思います。歴史に沿って伝統と権威を守っていこうという生き方の価値観と、人と同じことはノーというコムデギャルソンの価値観は対照的です。それをひとつにするのに、40年もかかったのだという気持ちが自分にはあります」
――そういう時代になったのだということでしょうか。
「ただ、最近ますます逆の方向に行きそうな動きがありますよね。今回の展示も(排外主義が広がる)米国ですから、あと1年後なら開催されなかったかも。ファッションのものづくりにそんな考え方が浸透すると困ります」
――自身が定義する川久保玲とは。
「新しいことをいつも探していることが使命です。探し続けるだけです。とはいえ今回、前に作った服を見て、次はどうしようか? 持っているカードが少なくなって、新しいカードを切るのは大変だなと。これからさらに先に向かうのはちょっと重いですね」
――今回の展覧会で、アーティストとして世界に認められたという声もあります。
「ファッションデザイナーはアーティストではありません。ファッションはクリエーションではあるけれども、常にビジネスと関係がある。一口で言えば、自分にとってファッションはビジネス。もちろんアーティストも作品を売らないといけないですが、私の仕事は新しいものを作ってビジネスにのせることです」

とても力強い、そして潔い発言でした
寡黙な人というイメージもあったので、ちょっとびっくりしてしまいました

今日の1曲
Tous les garçons et les filles 「男の子と女の子」/ Françoise Hardy 1962年
フランソワーズ・アルディも若い頃は「日本人顔」で有名でした
https://www.youtube.com/watch?v=_V-b8QIYOpM
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フランソワーズ・アルディ


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