So-net無料ブログ作成

プレヴェール詩集 [ブック]




5月じゃないけど…
完全版で再登場です

五月の歌(Chanson du mois de mai)

ロバと王様とわたし
あしたはみんな死ぬ
ロバは飢えて
王様は退屈で
わたしは恋で

白墨の指が
毎日の石盤に
みんなの名を書く
ポプラ並木の風が
みんなを名づける
ロバ 王様 人間と

太陽は黒いぼろきれ
みんなの名前はもう消えた
牧場の冷たい水
砂時計の砂
バラ色のバラの木のバラの花
小学生の道草の道

ロバと王様とわたし
あしたはみんな死ぬ
ロバは飢えて
王様は退屈で
わたしは恋で
時は五月

いのちはサクランボ
死はその核(たね)
恋はサクランボの親の木。

書店の店頭で見かけて、へえ、岩波文庫から出たんだ、とうなって…
でも、その時は買わなかったんだけど
その後、Amazon でベストセラー1位(カテゴリ外国詩)の表示を見て、ええっと慌てて購入してしまいました

jpp'.jpg
プレヴェール詩集  岩波文庫
「天井桟敷の人々」「霧の波止場」など恋愛映画の名脚本家であり、シャンソン「枯葉」の作詞家でもある、フランスの国民的詩人ジャック・プレヴェール(1900-77)。恋人たちの歓喜と悲哀のみならず、戦争や日々の労働のありさまを、ユーモアと諷刺につつんでうたいあげた、ことばの魔術師のエッセンス。

選りすぐりの3遍をどうぞ

くじら釣り(La peche a baleine)

くじらを釣りに、くじらを釣りに、
けわしい声で おやじが言った、
箪笥の前に寝そべった息子のプロスペルに、
くじらを釣りに、くじらを釣りに、
お前、行きたくないのかい、
どうしてさ、
どうして けものを 釣りに行くのさ、
ぼくにわるさをしないけものを、
パパ行きなさい、パパひとりで行きなさい、
行きたいんなら行きなさい、
ぼく 家(うち)にいる かわいそうな母さんと、
いとこの ガストンと。
するとおやじはくじらの舟で ひとりぼっちで出かけて行った、
荒れくるう海の上……
ほら 今 おやじは海の上、
ほら 今 息子は家(うち)のなか、
ほら 今 くじらが怒りだした、
ほら 今 ガストン お皿をひっくりかえした、
お皿のなかのスープをこぼした。
海は大荒れ
スープはすてき、
プロスペル 椅子にこしかけ くよくよと、
くじらを釣りに、ぼく行かなかった、
どうして 釣りに 行かなかったのさ、
ほんとにくじらをつかまえたら、
ぼくはくじらを食べちゃうのに、
するとそのとき、扉があいて、全身ずぶぬれ、
息を切らしたおやじの姿、
ひっかついでたくじらを
テーブルに投げ出した、きれいなくじら、青い目の、
ほんとにきれいなけだもので、
みじめな声で おやじが言った、
はやくはやく、切っとくれ、
腹へった、喉かわいた、食べたいよ。
そこでプロスペル立ちあがり、
おやじの 青い目の しろめを、
くじらと おんなじ 青いろの目を、
しろめをむいてにらみつけ、
どうして ぼくにわるさをしない かわいそうな けものを切るのさ。
ぼくはいやだよ、やめたっと、
そして ナイフを 床に投げ捨てると、
くじらはそれをひっつかみ、おやじ目がけてとびかかり、
おやじのからだにずぶりと突き刺す。
ああら、ああら、とガストンがいう、
まるでちょうちょ、ちょうちょの標本みたい、
こうして
プロスペルは死亡通知を出し、
母親はあわれな夫を悼んで喪服を着る、
くじらは涙をいっぱいうかべ、悲嘆にくれた一家をながめ、
いきなり叫ぶ、
どうしてぼくは殺したんだ、こんなにかわいそうな男、
今度はほかの人間が、発動機船でぼくを追っかけ、
ぼくの一家はみなごろしだ、
それから、ぞっとする声で わらって、
くじらは 出て行きしなに
未亡人に、
奥さん、だれかが ぼくを 探しにきたら、
お願いです こう言って下さい、
くじらは出て行きましたよ、
おすわりなさい、
お待ちなさい、
あと十五年、そしたらきっと帰ってきます……


サンギーヌ(Sanguine)

ファスナーが稲妻のようにきみの腰を滑り
きみの恋する肉体の幸福な嵐が
くらやみのなかで
爆発的に始まった
きみの服は蠟引きの床に落ちるとき
オレンジの皮が絨毯の上に落ちるほどの
音も立てなかったが
ぼくらの足に踏まれて
小さな阿古屋貝のボタンは種のように鳴った
サンギーヌ・オレンジ
きれいなくだもの
きみの乳房の尖端は
ぼくのてのひらに
新しい運命線を引いた
サンギーヌ
きれいなくだもの

夜の太陽。


はやくこないかな(J'attends)

はやくこないかな しずかな一人ぐらし
はやくこないかな たのしいお葬式

あいつ あたしのアラジンのランプの火をほそくして
うそつき ってどなったの
あたしはなんにも言わなかった

はやくこないかな しずかな一人ぐらし
はやくこないかな たのしいお葬式

あいつ女郎屋に入ると
エンゲージ・リングをすっぽりはずして
あたしそっくりの女を
えらんだの
それからあたしの名前を呼びながら
洗礼の名前や渾名までもちだして
きちがいみたいにその女のわるくちを言った
それからいきなり鞭でぶったの

あたしにはできなかったくせに

お前はおれのめす犬だ
お前の名前は「貞淑(フィデール)」だ
やい ちんちんしろ
その女にそう言ったのよ

はやくこないかな しずかな一人ぐらし
はやくこないかな たのしいお葬式

帰ってくると
あいつ かたきみたいに
あたしに跳びかかって
キスして
撫でて 泣いたの
ああ かわいいお前
たったひとりの……

はやくこないかな しずかな一人ぐらし
はやくこないかな たのしいお葬式

あたしの恋人はもう洗ってる
ひとごろしの血を
あたしの目の水で。


訳者・小笠原豊樹氏の解説によると、
ジャック・プレヴェールは1900年、パリ郊外のヌーイ・シュル・セーヌ町生まれ。
1920年、徴兵適齢期に達したプレヴェールは軍隊にとられ、アルザス地方に近いリュネヴィルという田舎町の兵営に入り、イヴ・タンギー(のちにシュルレアリスムの画家になる)という同い年の青年と知り合い、親しくなります。
さらに、翌1921年、プレヴェール所属の歩兵部隊はコンスタンチノープルへ進駐し、そこでもう一人の青年マルセル・デュアメル(のちに映画俳優になる)と親しくなります。
この若い三人組は、1924年になって、パリのモンパルナス駅に近いシャトー街の古い建物を借りて、共同生活を開始します。それというのも三人組が「一瞬たりともお互いから離れていられなかった」からでした。
デュアメルは当時を回想してこんなことを言っています。「後の世代の人たちには、これは一種の奇蹟のように見えるかもしれない。けれども、この四六時中の友情、この無条件の連帯感は、私たちにはきわめて当然のことと思われたのだった。このような熱っぽい人間関係、率直さ、そしてお互いのあいだの深い理解と和合があり得たのは、両大戦間という時代環境のためかもしれない。そこには新しいものを求め、因襲をくつがえそうとする潜在的な熱狂性があり、既成価値のすべてに疑問を投げかけようとする意志が支配的だった」
既成価値のすべてに疑問を投げかける……それはちょうどこのころ最盛期を迎えていたシュルレアリスム運動のテーゼの一つでもあり、精神の自由をめざすこの熱狂的な文学運動に三人組も巻き込まれていき、シャトー街の建物は、シュルレアリスム運動のアジトとなっていったとのことです。

今日の1曲
プレヴェールとは全く関係がありませんが…
You Got Lucky 「ユー・ゴット・ラッキー」/ Tom Petty And The Heartbreakers 1982年
https://www.youtube.com/watch?v=mtLpZWNyM0I
tph'.jpg
ロング・アフター・ダーク 紙ジャケット仕様

訃報
トム・ペティさん(米ロックシンガー)AP通信などによると、2日、カリフォルニア州の自宅で心停止となり、搬送先のロサンゼルスの病院で死去、66歳。
フロリダ州ゲインズビル出身。76年にトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとしてデビュー。70~80年代に「アメリカン・ガール」「破壊」「サザン・アクセンツ」などのアルバムを発表し、人気を博した。86年にはボブ・ディラン氏のバックバンドとして来日。02年にロックの殿堂入りを果たした。
tp.JPG

早過ぎる…
謹んでご冥福をお祈り申しあげます


コメント(0) 
共通テーマ:音楽